北杜夫と松本

最近新聞に北杜夫のエッセイチックな自伝が載っている。この人はどくとるマンボウ航海記の作者だ。私は夜と霧の隅で、しか読んだ事がないのだが…


ナチス政権下のドイツでは、ユダヤ人や政治犯以外に精神病患者が次々に殺害されていった。医者達は何とかして救いたい一心で、やってはならない手術にのめり込んでいく。前頭葉切除。ロボトミーが盛んに行われたのは確かこの頃だ。今は禁止になったが、日本でも一時期、これの犠牲者が少なからず出た。

夜と霧の隅で、とは、そういう歴史の影に隠れてしまった部分も又、同様悲惨な状況下にあったのには変わり無い、という事だ。反旗を翻してみても結果はヒトラーのやってる事と大して差がない皮肉。
救いようのない話だけれども、未だ心の中にずっしり居残っている。



で、北杜夫さん。松本高校らしい。松本に過剰反応するのもどうかと思うが「目の前の松商高校」や「旧制高校記念館」等の単語は、地理まで思い描けてしまう為かなり興奮度が高い。本の読みすぎで劣等生になったというのも面白い。



松本ってそういう土地だ。「また山が大自然が、ひときわその孤独感を助長させた。自然は調和に満ちていた。それと向かい合う自分はあまりにかぼそく小さな存在であった。すると、この自分はどこから来、どこへ行くのか、またこの自分は一体どういう存在なのかを自分に問いかけることが訳もなく湧いてくるのだった。」



見上げるアルプスは威厳に満ちている。人間社会というちっぽけな呪縛に苛まれてきた過去が嘘に思える程、強い影響力で自然は君臨する。理解するのに言葉も理屈も必要ないのだと、初めて気付いた。直に感覚が流れ込んできて、それを前にして私は余りに無力だ。


 あの瞬間だけは確実に、自分も自然に還る。