楽の場合(6)


 ニラサキナガルさんの登場が何かを吹っ切らせたのか、それと共に叔母さんを訪ねてくる人々に若干の変化が見られるようになった。恐る恐る病室にやってきては、僕や父さん等、その場にいる人には目もくれずに、再びこっそり帰っていく彼らだったが、徐々に僕らに話し掛けるようになったのだ。
 彼らに共通して言えるのは、皆一種の畏怖を持って、僕らに対応していた事だ。向けられるのは、異物に対する好奇と尊敬が入り交じった、そんな眼。少なからず好意的で、時には静かな感謝すら感じるような。
「朔さんの、おいっ子さんだそうですね…」
そう呟いて老婆は頭を下げる。
「はい、矢島楽って言います」
「その節は、主人がどうも、お世話になりました」
そして愛おし気に叔母さんを見下ろしながら、あなた、ほらね、朔さんはこんなに穏やかに寝ていらっしゃいますよ、って、首を傾けて言うのだ。
「朔さんは元々妖精のようにふわふわと漂っていた人だったから、何だか私達もはじめの内は怖くてね、なかなか近づけなかったのだけれども、こうやって静かに眠る朔さんはねぇ、本当に、良い表情で、改めて、人だったのだと思い知らせてくれるんだね」
初老の男性はそう言って、傍らの奥さんに頷いていた。


 叔母さんが、看護師として働いていた、と知ったのは、彼らとの会話の中からだった。特異的体質に生まれた以上、普通の感情は押し殺し、無駄な人間関係を排除するようにと育てられた僕にとっては、同じ体質の叔母さんがよりによって看護師をやっていた、というのは相当な衝撃だったのだ。父さんを見上げても、相変わらず色素の薄い瞳は何も物語る事はない。
「彼女は必死でしたよ。何たって患者さんの悪い所も死期も、手にとるように分かってしまう」
その苦しみ、君に分かりますか?と、三十過ぎ位の男性に問われ、僕はゆるゆると首をふる。そうでしょうね、と彼は力無く視線を落とした。普通の人には有り得ない力ですから。
「彼女は混乱したのでしょうね。分かる事と未来を変える事は次元の違う話です。しかし彼女は分かってしまうばかりに、未来も変えられるものと勘違いしてしまった。彼女は疲れきっていた…」
 見舞い客の殆どは患者やその家族だという。時折、同僚の看護師さんやお医者さんがやってきて、僕に叔母さんの話を語った。
 叔母さんは疲れきっていたのだろうか。穏やかな寝顔をそっとのぞき込みながら、僕はそっと手を額にあててみる。
 ほんのり暖かな感覚が手を伝い、余りにも優しい風がふと、僕の中を走りすぎて行った気がした。