ながるの場合(4)


 作田については私にも疑惑があった。作田と並んで歩いてる際、作田は低学年の小さい子達にも結構好かれていて、ああいう子達独特の愛情表現というか、すれ違う時からかったりおもいっきりぶん殴ったりして走り去っていく。作田は一瞬驚愕した表情を浮かべるけれども、直後に照れ笑いをかみ殺しつつ恥ずかしげに俯いた。
 作田はあくまでも不器用に出来ていた。そういえば初めて私に話しかけてきた時の意味不明さからして、いっぱいいっぱいの余り意味を喪失するタイプなのだろう。
 子供達は振り向きざま、爆発的な笑顔でぶんぶんと手を振り回した。
 作田はお母さんが苦手だった。
 私は苦手だと思っていた。一緒に歩いていてお母さんが遠くに、風景のようにとけ込んで見えた時も、作田は唇を紫になるまで噛みしめ、苦悶の色を露わにして目をそらせた。同様にお母さんも作田が苦手なのだと考えていた。私にのみ三言程話しかけそのまま行ってしまう、作田には目もくれず。
 そんなお母さんがある時、深刻というよりも底無しに暗い色を瞳に宿らせて、恐る恐る私に問うた。私はこういう瞳が嫌いだ。黒い瞳の奥の方で無言のまま待ち受けるピアノ。バッハの音楽は右手と左手の追いかけっこ。めまぐるしく終わりもなく螺旋状に絡み合う、絡み合う、今で言うDNAのような感じで。
「ながる、あなた誰といるの?」
 ピアノが言った。湿気を帯びた鍵盤はギスギスと嫌な音をたてる。意味が分からず私は黙っている。
「ご近所で噂になってるのよ。あなたが男の人と良く歩いているって。一体誰なの?どんな人なの?」
 私は驚いて大きく口を開けた、気がする。
「誰って…お母さん見たじゃないの」
「見た?いつ?」
「何回も何回も、すれ違っているじゃないの」