楽の場合(1)

 昏睡状態から目覚めた彼女は虚ろな瞳を窓の外に向けながら、多分ひらりと降りてくる枯れ葉を見ていたのだろうが、感情を込めずに、あなたは私と同じなのよ、と言った。ずっと分かってたけどね。見て見ぬふりをしていた。でもこの際だから言うけど、あなたと私は、一緒なのよ。
 僕は微かに首を傾けた位で、全否定はしなかったけれど。叔母さんが何を言いたいのか理解は出来たから。
 非難してんだろ。叔母さんの絵を勝手にいじったから。叔母さんは僕をみない。一瞬だけ、父さんの陰に隠れた僕を、殆ど亡霊のような気迫を放った彼女の視線が通過した。僕はたじろがない。
「私たちは、神じゃない。勘違いしないで」
 僕は黙っている。返事するわけには行かない、いかなかったんだ。
「助けたつもりでしょうけどね。余計なお世話なのよ」
 そのまま彼女は目を瞑り、微動だにしない。又来るよ、と言って僕は席をたち、病室を後にした。

 僕も叔母さんも絵を描かない。お互いの暗黙の了解の内に、一切触れる事はしなかったけど。ただその日僕は見てしまった。叔母さんの部屋に残された、雑なタッチだけども微細なスケッチ。破裂した内蔵の絵。遠ざかる救急車の音。
 僕は破らない程度に力強く消しゴムで消した。一刻を争った。しかし焦るな。
 心臓が飛び出しそうだ。指がふるえる。鉛筆でおそるおそる描き上げていく。大丈夫だ、僕だから。僕が描くんだから。
 人間の完璧な臓器。資料がなくても僕はすべてを知っていた。血管の意味。臓器の表面と裏。通る神経。個人差すら見通している。
 叔母さんの修復された内蔵を描き上げた。じっとり汗ばんでいる。