(1)


 人の愚かしい所。挙げたらきりがない。死を前に彼らは表情にすら断末魔の叫びを宿らせ、全身で拒絶する。自分で選んだと言うのに。
「さぁ、行こう」
シルカが促すと、彼らはあるいは駄々をこねるように嫌々をし、仕方なく彼が刃物のように尖った腕を振り下ろすのだ。或いは魂ですら無表情になった彼らは何をも刃向かう事なく離脱する。どちらにしろシルカは抜け殻となった彼らを無感動で見下ろすしかない。生前の彼らにどんな出来事があり、どんな人生を送っていたのかなど、皆目見当もつかないし、興味が無かった。山林で、崖下で、打ち捨てられ、漂う彼ら肉塊はいつか誰かに発見されるだろう。
「し、死神!」
何度となく彼はそう叫ばれた。死神?シルカシルカでありそれ以上でもそれ以下でもない。無論そんな彼らの言葉に何の意味も見いだせないのは初めから分かっている。心に響く言葉なんて存在する訳もない。
「手伝っているだけなのに」
いつだって彼は満足を感じる事はない。誰も感謝を言ってはくれない。あんなに死にたがっていたのに。ただ無言のまま、多分その後は朽ちていくだけ。良い事をしている筈なのに、何故こうまで全身を駆け抜けるのは疲労感だけなのか。
「死神か…」
本当に神だったら、死を逃す事などない。彼は回想する。昔一度だけ、執行を失敗した少女がいた。突き飛ばし逃げてしまった。彼自身が彼女から逃げてしまった。もう二度と逃げない、負けない。そう誓うとともに、彼女をあれ以来、ずっと探し続けている。顔も、声もとうに忘れた。輪郭すら思い出せない。
 それでも探している。いつか会えるだろうと、珍しく希望にも似た思いすら抱いて。
 シルカは「執行」を終えると速やかにその場を立ち去る。後に残るは微かな風の動き、時に雨、時に雪。時に壮大な海、山の影。
 彼が見落としていたものがあるとすればそれは大地だった。大地には否応なく命が繋がれていた。音もなく、倒れた人の元にもやがて訪れる巨大な力だった。