本屋さんのおもひで

私はついこの間まで、霞ヶ関にある本屋さんで働いていた訳ですが、なかなか貴重な社会経験をさせていただきました。
同じビルに記者クラブ、新聞協会がある為、加えて各地の地方新聞の支社が入っている為、客層はジャーナリストやマスコミ関連が本当に多い。勿論各省庁やら政治家の人々もいます。銀行関連の人々もいます。
どこの社会に行ってもいるかとは思いますが、特徴的なお客様ですね。しかも偉そう。とっても印象に残ってる人がいます。


「もしもし?俺だけど」
という、一昔前に流行ったとある詐欺のように電話されてくる常連さんがいました。電話で店舗にあろうがなかろうが本を注文されるのですが、困った事に書籍名も出版社名もよぅ間違われるのです。
「メディカルメディカの、みえる病気第七巻、神経がほしいんだけど」


…ものすごく聞いたことがあります。
…ものすごく、私がもう一個働いてる医学系出版社のような名前の、そこから出しているシリーズ物のような感じです。

「メディッ○メディアの、病気がみえるvol7神経でしょうか。まだ原案状態で出てませんが」
と即答したくなる気持ちを抑え、ひとまず電話を切って、本店の医学書担当の人に連絡です。

「間違いなく、メディッ○メディアの病気がみえる、の神経でしょうね。発売未定でまだ出てないです」
との話。
ちなみにそのお客様は何をしてる人か分かりませんが、多趣味なようで理工系やら数学やらの本を多数取り寄せ、加えて三カ国位放送大学で勉強されてます。一気に10冊位購入し、ナニを勘違いしたのか店員にリュックを渡して本を入れさせ、店内を物色するために一人かごを持って俺の後を歩けと言われたこともあります。

「もしもし、先程お問い合わせのあった書籍ですが」
「俺来週にはそっち行くから」
「お客様のおっしゃっていた出版社も書籍名も間違っておりまして」
「ああ」
「正しくは○○です」
「ああそう」
「こちらまだ出版されてない書籍でして」
「いつ出るの?予約して」
「いつ出るか分かりません。まだ原案状態ですからざっと見積もると一年以上は後かと」
予約とかそんなめんどくさい事できるか。
「で、いくらなの?」
「そんなに高くはないはずです」
「具体的には?」
「二千円、三千円前後で買えるかと。他のシリーズも参考にしてみてください」
まだ出版予定もたってない本に具体的値段もくそもあるか。


 次の方は私が担当した訳ではありませんが、やはり特徴的なお客様。一度椋鳩十さんの本がテレビで紹介された後、全国の系列店からその本が消える現象が起きました。出版社取り寄せですと二、三週間かかる訳です。
系列店からの取り寄せができないと分かると、店員はお客様に電話します。出ないと留守電に録音します。出版社取り寄せにいたしますか?
次の日、普通のサラリーマン風のお客様がやってきました。
「○○です。本が届いたって連絡があったんだけど」
しかし、そんな名前のお客様用の本は見あたりません。
「ご注文されたのはいつですか?」
「昨日」
「本の名前と作者は?」
あれ。聞いた事があるぞ。
 届いてないのか、とプリプリしながらお客様は去っていきます。後で、担当と思われる人に言ってみると、「届いたなんて一言も言ってない!」系列店での用意が出来ないのでどうしましょうか?という留守電を、どう聞き間違えたら「届いた」になるのでしょうか。
担当の人は無事連絡がつき、出版社からの取り寄せになったので、ニ、三週間お時間をいただきます、という話になって、ひとまず落ち着きました。
 それから程なくして、他の店員さんが、「むくはとじゅうの本ってまだ入らないよねぇ」という話を。なんと例のお客様、ご来店。確か私が対応してから一週間なんてたっていない短期間。例のごとく、「○○です。本が届いてると思うんだけど」


 多分皆さん忙しいのでしょう。しかしここまで人の話をきかなかったり、モラルが欠如してるとしか思えなかったり、無論日常の中で彼らにとっての本屋の出来事は大した事ではないのでしょうが、結局あなたはその程度の人間か、という話になってしまいます。そういう残念な大人達がそれなりの地位にいるのだと、思い知らされた訳です。特に後者の人は、情報の管理能力に不安を覚えます。あれだけ徹底していれば仕事上迷惑する部下がいるのではないでしょうか。
実は私がみた中でもっとも最悪な人は別にいるのですが、年寄りのフリージャーナリストは特に、謙遜だとか遠慮だとか、控えめな心をとっくの昔に捨ててきてしまったのかなと思います。やり手の経営者とかにも当てはまるかもですが。彼らは自分の主張を第一に考え、遂行するためには怒鳴ってなんぼな生き方を共通して持っているようです。恐縮させ、驚かせて我を通す。筋が通っていればまだましですが、単なるわがままでしかない。

本当に、いろんな社会があります。