4、さとりの場合


 あたし女の子って嫌い。何なのこの生き物は。何でこの世に男と女しかいなくて、しかも特徴が抜きん出てアホらしいの。
 一番はじめに認識したのは幼稚園の時。仲良い友達の容姿が、ほんの少しだけ他の人と違ってたのよね。ほんの少しよ、つまり個性的だったって訳なんだけど、それを悪意込めて指差して笑っていたのよ。初めは気付かなかった。あたし、そいつのひんまがった唇が、貧相な顔面とは不釣り合いな派手すぎるドレスが、おかしくって笑ったの。あの子もつられて笑ったの。
 でも、あの子もあたしも、その貧弱な笑顔の矛先に気付くまで、そう時間はかからなかった。
「みて!あの変な顔!」
遠くで同じ様に貧相な顔の奴が言うのよ。あたし頭から血の気がひいた。あの子の笑顔も凍り付いた。
 あたしその後、あの子つれて外に出たの。内側で遊んでいなきゃいけない時間帯だったから、先生に凄い怒られた。未だに記憶が残ってんのは、その怒られた記憶が悲しかったからじゃない。外に連れ出す事でしかあの子を守れなかった自分がものすごく不甲斐なかったの。結局は調和を重んじる女の子社会の一員になっていたのだわ、あたしもね。

 なにが嫌いって、その群れたがる精神が嫌い。表では仲良くして陰で悪口言うその根性が嫌い。もてるというステータスの為だけに色気をふりまいてる奴が嫌い。とにかく嫌い。
 でも彩香は別。あたし友達は良い女ばっか選んでるから自信あるんだけど、中でも彩香は格別。素っ頓狂な思想振りかざして突っ走ってっちゃいそうな変に熱い奴だけど、本当に良い奴。
 あたしは冷静。彩香は情熱。高校時代は良く言われてた。あたしは物静かな優等生。彩香は人情味溢れる熱血漢。凸凹だけどお互いにお互いのことこれ以上なく理解してたわ。記念式典の挨拶を頼まれて、嫌がらせで清書を隠された時も、彩香が走り回って犯人見つけだして土下座させてた。あたしは心ん中で憎む事しかできないグズだけど、彩香は実際に行動してしかも取りのがさない。女が嫌いと言うあたしも結局女の一員で、虚しさすら伴って諦めるけど、彩香は誰よりも彩香生きてた。
「私看護婦になる。決めた」
あたしに夢を打ち明けた時も彩香は強い目をしてた。
「看護婦さん?」
「そう。んで、将来お姉ちゃんを看病するのよ」
彩香のお姉さんは生まれつき病気で、余命あと僅かと言われながらも生き抜き、最近遂に子供まで手に入れた、奇跡の人なんだけど。
「お医者さんにはならないの?」
「ならないよ。私、バカだもん。さとりちゃんとは違って」あの時そう言って力強くうなづく彩香が、余りに頼りがいがありすぎて、あたしも肩組んで、弁護士になるんだって宣言して、そして笑ったんだった。
 あの時は分からなかったから。目に見えた幸せがやがて幻の様に、かき消えるなんて、陽炎のように、何も残さずやがて消えるなんて、あたしにも、勿論彩香にも、分かりようがなかったの。